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正司先生の
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山路来て何やらゆかしすみれ草

2022.03.23

 ある日の夕方、3才の守ちゃんとお母さんが電車に乗って外を眺めていると夕日がつるべ落としに沈んで行くのでお母さんが「だんだん暗くなってきたねぇ」と言うと、守ちゃんが「足元はもうまっくろや秋の暮だねえ」と言ったそうです。(草間時彦作)

 また、ある時、教室の帰りに公園を歩いていると守ちゃんが「山路来てなにやらゆかしすみれ草」と言って立ち立ち止まるって見ると、大きな岩陰に小さなすみれの花が咲いていたそうです。小さな子どもだから見つけたのでしょうね。それをぴったりの俳句で教えてくれたのですね、とお母さんが嬉しそうに話して下さいました。

 私共の教室では月1回のレッスン美に四字熟語や俳句などを取り入れています。先生がカードを見せながら四字熟語などを言うと子どもが声を出して繰り返すと言うものです。それを子どもたちがどれだけ覚えているのかは試したことがないのでわかりません。守ちゃんも生徒の1人です。守ちゃんは、俳句やことわざなどを口にしたのでそれを聞いてこんなもの覚えていたんだということがわかりましたが、その時期の子どもの記憶力は驚異的なもので、他にもたくさん覚えていた可能性はあります。2〜3才の子どのがこう言うことを覚えていて口にできるだけでも凄いことですが、ここまではお母さんや先生が言ったことを覚えていたという事です。

 でもここから先のことは質が違うのです。守ちゃんは誰も教えていないのに聞き覚えた音の塊をいつの間にか俳句という形にし、意味まで掴んでいたのです。そして、それにぴったり合う場面に出会ったとき、意味不明の音の塊から作り出した本来の俳句を俳句として使いお母さんの語りかけに答えたのです。

 私は79才で初めて漢検に挑戦し、80才で2級までいきました。このわたしが漢検の2級の練習問題で出会った「けいこうとなるともぎゅうごとなるなかれ」という書き取り問題は、何回口にしても、ひらがなを見ても何のことかわかりませんでした。人生経験も多少あり準2級に合格するくらいの漢字は一応知っていました。でも、訳のわからない音の塊からは手がかりは何も掴めませんでした。答えを見て漢字がわかり「鶏口となるも牛後になるなかれ」ということわざとわかりました。(これもことわざという知識があってこそわかったことです。2才の子どもにこんな知識があるとは思えません)でも意味は不明でしたこれも答えを見て分かりました。

 大人でも意味のわからない音の塊から意味のある言葉には自力では到達できませんでした。そんな作業が、どうしても2〜3才の子どもにできたのでしょうか。守ちゃんの記憶の中に「アシモトハモオマックラヤアキノクレ」という音のかたまりが残っていたとしても先ずそれが何なのかわかるでしょうか。面白そうと興味を持って知りたいなぁと思うでしょうか。

 仮に思ったとしても大人より少ない知識・経験から意味のある「足元はもうまっくらや秋の暮れ」までたどり着ける手がかりがあるとは思えません。しかし守ちゃんは分かっていました。そして意味のある俳句として口にすることができるようになっていたのです。この間の作業は守ちゃんの中で守ちゃんの一人の力で誰にも知られず、ひっそりと進められていました。守ちゃんの脳の中でどんなことが起こっていたのでしょうか。

 その上で、守ちゃんはお母さんの「だんだん暗くなってきたねぇ」という言葉を耳にし、夕日を目にした途端その状況を掴みその状況にぴったりあった俳句を使って相槌を打ったのです。とっさの出来事にも関わらず即座に状況判断、その場にあった俳句での応答を同時にしてのけたのです。考えている余裕など全くありません。

 2〜3才の子どもが聞き覚えた音のかたまりが誰にも教わってないのに脳の中で何等かの方法で意味のあることわざや四字熟語や俳句になってしまっていると言うのも常識では考えられない驚くべき事ですが、必要なものを順次にアウトプットできるというのも凄いことです。普通必要なものをアウトプットする為には脳の中に入力されているたくさんの知識の中からそれを検索して出してくるという過程がいりますがここに出てくる例ではそれをする為に必要な時間がありません。

 教室で、4〜5才の子どもにアウトプットの訓練のために「あ」の字のつく言葉を言ってと言ってもなかなか出てきません。いろいろなものがたくさんインプットされていると思いますが必要なものを検索してアウトプットするということは難しいのです。時間がかかります。こんな単純なことでも訓練しないとでてこないのです。しかし、ここにでている例は検索に時間を使っていません。普通の検索の方法が使われていないことが分かります。突然目の前に現れた状況全てを循環に把握し同時に必要なことを言葉で正確に表現したのです。その瞬間顕在意識は使われていないでしょう。健在意識を使うためには時間がいるからです。検索するための言葉も使われていないでしょう。これも使うために時間がいるからです。全てが同時にしかも正確に出来たのです。脳の働きには違いないでしょうが。しかも相手は2〜3才の幼児です。

 わたし達は自分が知っている時間の観念の中でそれにあった方法を使って生きていますが、同時に人間の中にはそれと違った世界も存在していて2つの世界を自由に行き来して生きているのではないかと思っています。普通の時間を使わない方法で全てを把握し結論をだし普通の時間を使っている世界に出たときは、その世界で通用する言葉を使って対応しています。全くよどみなく流れていますここに出て来た2〜3才児はそれらを完全に使いこなしています。

 それなくしてこの事実は絶対に成り立ちませんから。幼児の脳の中には私たちが気づいていない別のルールが働いているのは確かだと思いますが、教えていない知識を正確に獲得したり瞬間に状況把握したり必要なものをアウトプットしたり、時間・意識を使わずに処理できるのか謎です。2〜3才児がこういう脳の働きを持っているということは人間が持っているということではないでしょうか。